++ 2008.07.02 Wed ++
私の住んでいる地域が学校教育問題について全国ニュースで話題になった。
ニュースを見た時は井戸端会議のおばちゃん状態で
「どこよその学校!!うちの子の学校じゃ無いみたいね。」
今度ボラの会議で聞いてみようかなとか思ったけどすっかり忘れていました。
詳細な記事はこちらで
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/niigata/080626/ngt0806260304003-n1.htm
再び思い出したのは、このたび幼児期の家庭教育学級の企画打ち合わせで良い講師いないかな?
と、ネットで検索していたらなぜかキーワードで引っかかってきた。
そう言えばそんなニュースもあったよな、このニュースでは具体的な団体名まで出てきた。
キーワードは不登校
実際うちの娘たちも学校を行きたがらない事がありますよ。
まあ、原因が大体わかるのでしっかり子どもの心を受け止めて送り出しています。
講座の企画をしていると色んな講師の方とお話をさせていただきます。
PTA会長さんだったり、学校の校長先生だったり
お医者さんだったり、保健師さんだったり
すでに打ち合わせ段階で講師の方の思いを聞き講座でさらに話を聞くと言う
まさに私にとったらダブルの学び(予習復習状態)になっています。
数年前から不登校の親の会の代表さんとお話しする機会があり
不登校の実態の話も聞いています。
不登校でも色んなパターンがあり一概に言えないので個々に対応する必要があります。
家庭が原因な場合もありますし、子どもが先生に適応できない場合もあります。
ちょっと問題のある先生もいますしね。
私の知っている不登校の親の会の代表さんは
学校と連携を取り合い学校内に居場所を作り親のケアを中心に
親の気持ちを受け止め出来るだけ前向きな気持ちになる方向で話し合いをしていく。
子どもの不登校のサインは親も子も成長できるんだよと言うメッセージを持った人です。
でね、今回の集団不登校はある一定の幼児教室に通っていたお子さんが
上のお子さんの不登校の様子を見て入学前から学校を拒否した子もいるようです。
親が促しても学校へ行こうとしないんだったらフリースクール作っちゃえって感じなのかな?
もちろん私自身はフリースクールはあってもOK派です。
多種多様化の時代の今、義務教育もどうなのか・・・と思う事もあります。
ただ、子育て支援を通じて思う事
同じグループで同じ思いを持つ人が集まるとすごく居心地が良いのですね。
その人たちと活動をしていると怖いものなしと言うか自分の自己肯定感が満たされると言うか
すごく所属意識が出来てきます。
ただ、依存し過ぎるとちょっと怖いなと客観的に見る私もいます。
素晴らしい理念で同じ思いで・・・
それって素敵だけど、それが100%では無いってこと
信念として持つことは素晴らしいけど反対な思いやそんなグループで盛り上がる事に
反感を持ったり異論を唱える人もいるってこと。
素晴らしい、ここは居心地が良い
ここにいれば安心するから他は排除するになってはどうなのかな?
女子がグループ作って周りを受け入れない状態と一緒だと思う。
フリースクールでも色んなところがあるし、通っている子はしっかり認められて素晴らしい活動です。
その居場所で元気を取り戻した子供たちが社会に出て(学校に戻られたら戻って)荒波にもまれても生きていけるようにすることが大事なような気がします。
まだ自分で判断できない幼児から小学校低学年の頃は居心地が良い場所ばかりにいれば色んなトラブルがある学校に行きたくなくなるのは当たり前なのです。
実際、一年生の一学期は適応できずに毎日泣いてぐずるお子さんが多いそうです。
もちろん、子どもの個性もあるので体の症状で訴えて適応できないお子さんもいる事でしょう。
学校の教育に対して色んな疑問は私にもあります。
もっとこうすれば良いのにと思う事もありますし。
子どもの人格否定をするような発言をする先生もたまにいますし・・・。
学校って色んな環境の子どもがいて保護者も個性豊かです、先生も色んな先生がいる。
子どもにとったら小さな社会なわけです。
良い人もいるけどどうしたってウマが合わないヤツもいるのが社会です。
素直で純真な子ほど社会に適応するのが難しいのかもね。
そうすると、今の世の中生きにくいよね。
失敗をするとバッシングされる、ちょっとしたミスでも犯人探しさせられる。
うっかりも許されないギスギスした世の中。
適応できない子がいても仕方がないと思う。
そんな社会でも親がしっかり味方になって生きていけるようにする
難しい課題だね。
私自身も子育て真っ最中だから正解なんてわかりません。
正解なんて無いんだと思うし。
もし、子どもが間違った方向に進み多くの方に非難されたとしても最終的には軌道修正することを信じ応援してあげようと思う。
生きにくいけど、味方になってくれる人や良い人だっているんだよ。
嫌なことを乗り越えることも大人になるってことなんだよ。我慢の練習もしなくちゃね。
そんな親の心持を子どもにも伝えたいな。
今回の名指しの団体さんも信じる理念の元に行動されているんだと思います。
ただ、世のシステムに合わないばかりにマスコミに非難されお気の毒です。
ぜひ、教育委員会と団体でお互いの違いを受け入れ良い所を認め合い子ども達が最終的に
社会で輝けるようにしていける道筋を見つけて欲しいなと思います。
陰ながら両者とも応援させていただきますし、今後の動向を見守っていきたいです。
ニュースを見た時は井戸端会議のおばちゃん状態で
「どこよその学校!!うちの子の学校じゃ無いみたいね。」
今度ボラの会議で聞いてみようかなとか思ったけどすっかり忘れていました。
詳細な記事はこちらで
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/niigata/080626/ngt0806260304003-n1.htm
再び思い出したのは、このたび幼児期の家庭教育学級の企画打ち合わせで良い講師いないかな?
と、ネットで検索していたらなぜかキーワードで引っかかってきた。
そう言えばそんなニュースもあったよな、このニュースでは具体的な団体名まで出てきた。
キーワードは不登校
実際うちの娘たちも学校を行きたがらない事がありますよ。
まあ、原因が大体わかるのでしっかり子どもの心を受け止めて送り出しています。
講座の企画をしていると色んな講師の方とお話をさせていただきます。
PTA会長さんだったり、学校の校長先生だったり
お医者さんだったり、保健師さんだったり
すでに打ち合わせ段階で講師の方の思いを聞き講座でさらに話を聞くと言う
まさに私にとったらダブルの学び(予習復習状態)になっています。
数年前から不登校の親の会の代表さんとお話しする機会があり
不登校の実態の話も聞いています。
不登校でも色んなパターンがあり一概に言えないので個々に対応する必要があります。
家庭が原因な場合もありますし、子どもが先生に適応できない場合もあります。
ちょっと問題のある先生もいますしね。
私の知っている不登校の親の会の代表さんは
学校と連携を取り合い学校内に居場所を作り親のケアを中心に
親の気持ちを受け止め出来るだけ前向きな気持ちになる方向で話し合いをしていく。
子どもの不登校のサインは親も子も成長できるんだよと言うメッセージを持った人です。
でね、今回の集団不登校はある一定の幼児教室に通っていたお子さんが
上のお子さんの不登校の様子を見て入学前から学校を拒否した子もいるようです。
親が促しても学校へ行こうとしないんだったらフリースクール作っちゃえって感じなのかな?
もちろん私自身はフリースクールはあってもOK派です。
多種多様化の時代の今、義務教育もどうなのか・・・と思う事もあります。
ただ、子育て支援を通じて思う事
同じグループで同じ思いを持つ人が集まるとすごく居心地が良いのですね。
その人たちと活動をしていると怖いものなしと言うか自分の自己肯定感が満たされると言うか
すごく所属意識が出来てきます。
ただ、依存し過ぎるとちょっと怖いなと客観的に見る私もいます。
素晴らしい理念で同じ思いで・・・
それって素敵だけど、それが100%では無いってこと
信念として持つことは素晴らしいけど反対な思いやそんなグループで盛り上がる事に
反感を持ったり異論を唱える人もいるってこと。
素晴らしい、ここは居心地が良い
ここにいれば安心するから他は排除するになってはどうなのかな?
女子がグループ作って周りを受け入れない状態と一緒だと思う。
フリースクールでも色んなところがあるし、通っている子はしっかり認められて素晴らしい活動です。
その居場所で元気を取り戻した子供たちが社会に出て(学校に戻られたら戻って)荒波にもまれても生きていけるようにすることが大事なような気がします。
まだ自分で判断できない幼児から小学校低学年の頃は居心地が良い場所ばかりにいれば色んなトラブルがある学校に行きたくなくなるのは当たり前なのです。
実際、一年生の一学期は適応できずに毎日泣いてぐずるお子さんが多いそうです。
もちろん、子どもの個性もあるので体の症状で訴えて適応できないお子さんもいる事でしょう。
学校の教育に対して色んな疑問は私にもあります。
もっとこうすれば良いのにと思う事もありますし。
子どもの人格否定をするような発言をする先生もたまにいますし・・・。
学校って色んな環境の子どもがいて保護者も個性豊かです、先生も色んな先生がいる。
子どもにとったら小さな社会なわけです。
良い人もいるけどどうしたってウマが合わないヤツもいるのが社会です。
素直で純真な子ほど社会に適応するのが難しいのかもね。
そうすると、今の世の中生きにくいよね。
失敗をするとバッシングされる、ちょっとしたミスでも犯人探しさせられる。
うっかりも許されないギスギスした世の中。
適応できない子がいても仕方がないと思う。
そんな社会でも親がしっかり味方になって生きていけるようにする
難しい課題だね。
私自身も子育て真っ最中だから正解なんてわかりません。
正解なんて無いんだと思うし。
もし、子どもが間違った方向に進み多くの方に非難されたとしても最終的には軌道修正することを信じ応援してあげようと思う。
生きにくいけど、味方になってくれる人や良い人だっているんだよ。
嫌なことを乗り越えることも大人になるってことなんだよ。我慢の練習もしなくちゃね。
そんな親の心持を子どもにも伝えたいな。
今回の名指しの団体さんも信じる理念の元に行動されているんだと思います。
ただ、世のシステムに合わないばかりにマスコミに非難されお気の毒です。
ぜひ、教育委員会と団体でお互いの違いを受け入れ良い所を認め合い子ども達が最終的に
社会で輝けるようにしていける道筋を見つけて欲しいなと思います。
陰ながら両者とも応援させていただきますし、今後の動向を見守っていきたいです。
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■
こんにちは。文月と申します。
不登校の背景にはいじめや教師による体罰・暴力等があるようです。
督促書を受けた保護者の皆様はどうされたのでしょうね?
弁護士さんの意見によると、
ホームスクーリング(ホームスクール)に対して、教育官僚サイドから訴えられても、
ホームスクーラー側の勝訴の可能性が高いようです。
詳細はこちらにありました。
http://ahsic.com/html/educational_law.html
学校教育法という日本国憲法違反状態の法律が存在していることが問題ですよね。
憲法解釈において、普通教育にはホームスクーリングも含まれるのであり、
学校教育法の就学義務(保護者が子どもを学校へ通わせる義務)の
規定は日本国憲法違反だと考えられます。
つまり、ホームスクーリングで子どもを教育するか、学校へ通わせて教育するかは
親に選択権があります。世界人権宣言において親の優先権が定められています。
世界人権宣言には「親は、子に与える教育の種類を選択する優先的権利を有する 」
とあります。
憲法、世界人権宣言、国際人権規約、子どもの権利条約等で、
私達にはホームスクーリングを選択する権利が認められています。
日本政府はホームスクーリング合法化のために、法整備を早く整える義務を負っているにもかかわらず、
いまだ、政府はその義務を果たそうとしていません。これは大問題です。
アメリカにおいては裁判で、ホームスクーラーたち勝訴の判決が積み重ねられ、
ホームスクーリングは市民権を得ることができたようです。
アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、フランスなどの先進諸国では、
義務教育の方法としてホームスクーリングも正式に認められています。
私達、日本国民もホームスクーリングが市民権を獲得できるように頑張りたいですね!
不登校の背景にはいじめや教師による体罰・暴力等があるようです。
督促書を受けた保護者の皆様はどうされたのでしょうね?
弁護士さんの意見によると、
ホームスクーリング(ホームスクール)に対して、教育官僚サイドから訴えられても、
ホームスクーラー側の勝訴の可能性が高いようです。
詳細はこちらにありました。
http://ahsic.com/html/educational_law.html
学校教育法という日本国憲法違反状態の法律が存在していることが問題ですよね。
憲法解釈において、普通教育にはホームスクーリングも含まれるのであり、
学校教育法の就学義務(保護者が子どもを学校へ通わせる義務)の
規定は日本国憲法違反だと考えられます。
つまり、ホームスクーリングで子どもを教育するか、学校へ通わせて教育するかは
親に選択権があります。世界人権宣言において親の優先権が定められています。
世界人権宣言には「親は、子に与える教育の種類を選択する優先的権利を有する 」
とあります。
憲法、世界人権宣言、国際人権規約、子どもの権利条約等で、
私達にはホームスクーリングを選択する権利が認められています。
日本政府はホームスクーリング合法化のために、法整備を早く整える義務を負っているにもかかわらず、
いまだ、政府はその義務を果たそうとしていません。これは大問題です。
アメリカにおいては裁判で、ホームスクーラーたち勝訴の判決が積み重ねられ、
ホームスクーリングは市民権を得ることができたようです。
アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、フランスなどの先進諸国では、
義務教育の方法としてホームスクーリングも正式に認められています。
私達、日本国民もホームスクーリングが市民権を獲得できるように頑張りたいですね!
■ 文月さんへ
文月さんはじめまして
訪問ありがとうございます。
不登校問題は色んな社会背景、家庭背景が複雑に絡み合って起こっている難しい課題ですね。
文月さんのブログを拝見させていただきました。
学生時代の色んな思いが文月さんのホームスクーリングの熱意となっておられるようですね。
ホームスクーリングについてはまだまだ勉強不足でコメントできませんし、人権はちょっと講座でかじった程度、法律に関してもあまり知識は無いもので上手くお返事できないことお許しくださいね。
私自身、子どもを持つまでは自分と違う人に出会うと過剰に反応するタイプでした。
やっと、ここ最近子どものいじめやトラブルを乗り越える事や家族との関係を見直すことでみんな違って良いんだと受け入れる余裕が出来てきました。
なので、学校教育や日本の学校制度など疑問はあるものの現状を受け入れつつ今後より良くなるにはどうしたら良いのか声を出していけば良いのかな?
と思っています。
日本の学校、集団で学ぶことも貴重な体験だと思います。
嫌なことも良いことも体験してこその人生だと思います。
あくまでも適応できる子どもの場合ですが・・・
適応できないお子さんもいるでしょうから絶対ではないです。
文月さんも過去の経験があるからこそホームスクーリングを知ったわけですよね。
その経験は辛かったかもしれませんが無駄では無いと思いますよ。
文月さんの思いが形になると良いですね。
訪問ありがとうございます。
不登校問題は色んな社会背景、家庭背景が複雑に絡み合って起こっている難しい課題ですね。
文月さんのブログを拝見させていただきました。
学生時代の色んな思いが文月さんのホームスクーリングの熱意となっておられるようですね。
ホームスクーリングについてはまだまだ勉強不足でコメントできませんし、人権はちょっと講座でかじった程度、法律に関してもあまり知識は無いもので上手くお返事できないことお許しくださいね。
私自身、子どもを持つまでは自分と違う人に出会うと過剰に反応するタイプでした。
やっと、ここ最近子どものいじめやトラブルを乗り越える事や家族との関係を見直すことでみんな違って良いんだと受け入れる余裕が出来てきました。
なので、学校教育や日本の学校制度など疑問はあるものの現状を受け入れつつ今後より良くなるにはどうしたら良いのか声を出していけば良いのかな?
と思っています。
日本の学校、集団で学ぶことも貴重な体験だと思います。
嫌なことも良いことも体験してこその人生だと思います。
あくまでも適応できる子どもの場合ですが・・・
適応できないお子さんもいるでしょうから絶対ではないです。
文月さんも過去の経験があるからこそホームスクーリングを知ったわけですよね。
その経験は辛かったかもしれませんが無駄では無いと思いますよ。
文月さんの思いが形になると良いですね。
■
こんにちは。
応援ありがとうございました。
私を応援していただいた菜央さんをみこんで、一期一会の精神を大切に、
誠意をもってコメント申し上げたいと思います。長文ですがどうぞよろしくお願いいたします。
大切なことは、
嫌なこと(生徒によるいじめ、教師による体罰・暴力・暴言・無視等の虐待・いじめ等)があったとしても、自殺したりせずに、生きぬいていくことだと思っています。
現実には、いじめ、教師による体罰・暴力・暴言などのいじめ等により、多くの子どもたちが自殺しています。
多くの生徒が教師や同級生に殺されたり、自殺に追い込まれています。
私達国民は、いじめなどの嫌なことを肯定してしまってはならないと考えています。
それらの嫌な事は絶対にあってはならないことであり、
学校からそれらを根絶することが何より大事であると思います。
嫌なことを完全否定することが大切であると思っています。
菜央さん、気づいていただけたら幸いです。
菜央さんが、
>嫌なことも良いことも体験してこその人生だと思います。
あくまでも適応できる子どもの場合ですが・・・ 適応できないお子さんもいるでしょうから絶対ではないです。
と言ってしまわれますと、
菜央さんに、そのつもりがなくても、
結果として、部分的にでも、学校においての嫌なこと(犯罪行為)を
肯定してしまっていることになってしまっています。
つまり、適応できる子どもに、いじめや暴力等を肯定してしまっていることになってしまっています。
いじめや暴力等はれっきとした法律違反、犯罪行為であり、倫理・道徳にも反することです。私達は、それら嫌なことを「完全否定すること」こそが大切なのです。また、適応できる子かできない子かは、誰にもわかりません。
そのときは大丈夫に見えても、十年後、二十年後に心の傷が発症することもあります。
仮に、適応できたように見えても、心の傷がトラウマとして消えず
一生苦しみつづけることになることもあります。私も苦しみ続けています。
ならば、苦しみ続けなければいいのかというと、そうでもありません。
はじめはちいさないじめ、体罰・暴力でも最終的に大惨事につながることも多くあるからです。
実際に大惨事が沢山おこっています。
私は、つらい経験をしたことにより、ホームスクーリングを知った経緯がありますが、
私のつらい経験を一切肯定していません。その経験を完全否定しています。
何故なら、「嫌なことも良いことも体験してこその人生」だとして、その経験を肯定すれば、結果として、
教師の体罰・暴力等を肯定することになってしまうからです!
体罰・暴力等を肯定するなど、決してあってはならないことです!
ですから、菜央さんもいじめや体罰・暴力等の嫌なことを完全否定していだだければ幸いです。
「嫌なこと、嫌な経験を肯定することは、いじめや体罰・暴力等を肯定してしまうことである」
ということを是非、認識していただければと思いコメント申し上げました。
ただ、菜央さんがいじめや体罰・暴力・暴言等を肯定する意図がなかったであろうことを、私は信じております。どうぞご安心下さい。
菜央さんのお子様がいじめや教師による体罰・暴力・暴言等による被害に遭われたときは、それら嫌な事を完全否定し、しっかりとお子様の命を守って下さい。
こどもは教師や同級生たちから被害をうけても、なかなか親には話せないことが多いです。
こどもがSOSを発したときは、かなり追い詰められた状況にいる場合が多いのです。
お子様がSOSを発信されたとき、「嫌なことも良いことも体験してこその人生」などというと、
お子様は、信頼を寄せる親にまで見はなされ、裏切られたことで、孤立無援で絶望に陥り、最悪の事態を招きかねません。親にSOSを発信したにもかかわらず、親に守ってもらえず、
殺された方、自殺で亡くなられた方も現実にいらっしゃいます。
加害者はせいぜい数年の刑で済んでしまいます。生徒を体罰・暴力で殴り殺したにもかかわらず、刑務所に入ることを免れた教師もいます。
「嫌なことも良いことも体験してこその人生」ではなく、
「何があろうと、いじめや体罰・暴力等はあってはならない、絶対に許さない」という
強い意思・強い熱意が何よりも大切であると思っています。特に親には。
命懸けで子どもを守れるのは、結局は親しかいないのですから。
親には子どもを守る責務があるのです。子どもを死なせてはなりません。
子どもが死んでからでは遅いのです。
私達は、学校で、教師やいじめた生徒たちにより多くの尊い命が奪われたことを真剣に受け止めなければなりません。どんな小さないじめ・暴力でも見逃してはなりません、
最初はちいさないじめ・体罰・暴力でも、最終的に、取り返しのつかない大惨事が何度も引き起こされてきました。お子様に細心の注意を払ってあげて下さい。どうぞ宜しくお願いいたします。
>日本の学校、集団で学ぶことも貴重な体験だと思います。
についてです。
戦前の国家・軍隊では体罰・暴力がまかりとおってました。
人々を従わせるために暴力が使われていました。戦争反対など、国家に異を唱えるものは刑務所にいれられたり、拷問をうけたりしていました。拷問で殺された国民もいました。
大人も子供も国民すべての人権が踏みにじられていました。
現在の日本の学校は、今なお、軍隊的な集団主義の色合いが濃く、
個々の人権をないがしろにした悪しき集団主義、管理主義的体質の下で、
体罰・暴力・暴言などをともなった人権侵害の教育が行われてしまっています。日本の学校で集団で学ぶことに、
少しのプラス面もありますが、明らかにマイナス面が大きく、マイナスがプラスをはるかに凌駕してしまっていると思います。およそ貴重な体験といえるものではなく、明らかに有害な体験だと思います。
日本の学校は、日本国憲法の精神である人権尊重とは裏腹に、
集団主義、管理主義的体質の下で、個々の人権を踏みにじり、
いじめ体罰・暴力・暴言等の人権侵害の温床となっているのです。
教師たちの中には、それらの人権侵害を仕方のないこと、当たり前のこととして肯定している者たちもとても多いのです。
体罰・暴力を見て見ぬふりをしている教師たちも沢山いることがすでに明らかになっています。
人々は学校で人権をないがしろにされてきた結果、それが当たり前だと思わされてしまっていることに
大きな恐怖を感じます。
>日本の学校、集団で学ぶことも貴重な体験だと思います。
とおっしゃられた菜央さんも、学校教育によってそう思わされてしまった
被害者であると思います。集団主義の下、沢山の日本の子どもたち、生徒達が体罰・暴力、いじめ等の犠牲になってきました。
多くの子どもたちの命も失われました。私達日本国民は、長年の国家による人権を踏みにじる学校教育によって
人権意識を麻痺させられてしまっていると思います。今こそ人権抑圧の集団主義ではなく個人主義が大切なのだと思います。
個人主義というのとは、利己主義ではなく、お互いに個人個人の人権を尊重しあう、人権尊重主義のことです。
それに対して集団主義というのは
人権侵害主義・人権抑圧主義といえるでしょう。教育において、人権尊重主義である個人主義こそが大切なのです。その人権重視の個人主義教育によって、お互いに相手の人権を尊重できる国民性が育まれていくのだと思います。
教師はもちろんですが、一般国民、保護者の中に暴力・暴言肯定者がいることに、非常に大きな危険を感じています。暴力を容認する国民、保護者の態度がいっそう教師の暴力を助長させ、教師を増長させ、学校を人権侵害の温床とさせているのです。
心ない大人たちがよってたかって、子どもたちを苦しめているのが学校教育の現状です。
以前、イギリスの新聞で「日本の学校は捕虜収容所だ。」と報じられました。その通りだと思います。
私の高校時代も、ここはまるで刑務所のようだと感じていました。
こんな刑務所のようなところから、早く卒業することを願っていました。
今思えば、まさに捕虜収容所と言う言葉があてはまっていました。
日本の学校はプラスの要素より、非常にマイナスの要素が大きいと思います。
教師たちによる体罰・暴力・暴言等の人権侵害の横行や、生徒間のいじめの蔓延など、日本の学校は、まさにこの世の地獄といっても過言ではないと思います。
教師に殴り殺された生徒の無念、ご両親、ご家族の無念は
計り知れません。「学校にさえ通わせていなければ」、という
ご両親のお気持ちを考えると言葉が出ません。
私の高校でも飛び降り自殺をはかった生徒がいました。
集団主義、管理主義がはびこっている高校でした。
その生徒が学校にさえ通っていなかったらと思うと無念です。
日本の学校は集団主義のもと、人々の人権を踏みにじっている捕虜収容所といえるところだと思います。
私の学生時代、小さな頃は、元気一杯、目をキラキラ輝かせていた子たちが、
小学校で過ごすうちに、中学、高校とすすむにしたがって徐々に
目に光を失っている様子もちらほら見かけました。今こそ、子どもたちを、人権侵害の温床となっている
日本の学校から解放すべきときなのだと思っています。人権意識が十分でない教師たちによる体罰・暴力・暴言等の力・恐怖による支配や、いじめから、子どもたちを解放しなければならないのだと思います。
日本の学校で多くの子どもたちの命が失われてきました。
教師の体罰・暴力やいじめにより、寝たきり状態にされたり、
一生つづく後遺症・障害を負わされた子たちもいます。
歯を折られた子ども骨折させらた子ども、鼓膜損傷を負わされたこどもたちなど、重傷を負わされた子たちは全国で数えきれません。
2008年においても本当に多くの体罰・暴力事件が各地の学校で起こっています。
体罰・暴力をふるった教師に対する処分は非常に軽く、処分はほとんど抑止力になっていません。
絶望的な状況です。学校教育をとりまく闇は非常に大きいです。
それらの学校教育をとりまく闇は、一保護者がどうこうできるような次元の問題ではないように思います。
問題は、私達の想像をはるかに超えて、大きく根深いと感じております。
これ以上子どもたちを犠牲にしてはいけないと思います。
私達は、子どもたちを守るため、一刻も早く対策を講じなければならないと思います。
日本の学校(捕虜収容所)からの解放のため、子どもたちを守るため、
そのための有力な対策としてホームスクーリング(ホームスクール)などがあるのだと思います。
子どもたちの安全保障・人権保障のために頑張っていきたいです。
子どもたちは、心から安心できる環境でよく育ちます。
暴力・恐怖の温床となっている日本の学校では子どもたちが不登校になるのも当然のことと言えるでしょう。
子どもたちがより元気に、健やかに、心身ともに健康で成長するためには、
どうしても、一家庭一学校を実現する必要があります。
良識ある親のもとで、安心して育っていける環境を整備していくことが
私達大人の責務であると思います。
それぞれの親が、学校かホームスクーリングかを自由に選択できることが
学校で人権を踏みにじられ、体罰や暴力、いじめ等の虐待をうけている
子どもたちの救いになっていくと信じております。
お互いに、いじめや体罰・暴力・暴言、などの犯罪行為から子どもたちを守っていけたらいいですね!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
人権を尊重されて育った子どもは、相手の人権を尊重できる大人になれると思っています。
相手の人権を尊重できる大人が増えていくことによって日本もよりよい国になっていくと確信しています。
最後までお読み下さりありがとうございました。
応援ありがとうございました。
私を応援していただいた菜央さんをみこんで、一期一会の精神を大切に、
誠意をもってコメント申し上げたいと思います。長文ですがどうぞよろしくお願いいたします。
大切なことは、
嫌なこと(生徒によるいじめ、教師による体罰・暴力・暴言・無視等の虐待・いじめ等)があったとしても、自殺したりせずに、生きぬいていくことだと思っています。
現実には、いじめ、教師による体罰・暴力・暴言などのいじめ等により、多くの子どもたちが自殺しています。
多くの生徒が教師や同級生に殺されたり、自殺に追い込まれています。
私達国民は、いじめなどの嫌なことを肯定してしまってはならないと考えています。
それらの嫌な事は絶対にあってはならないことであり、
学校からそれらを根絶することが何より大事であると思います。
嫌なことを完全否定することが大切であると思っています。
菜央さん、気づいていただけたら幸いです。
菜央さんが、
>嫌なことも良いことも体験してこその人生だと思います。
あくまでも適応できる子どもの場合ですが・・・ 適応できないお子さんもいるでしょうから絶対ではないです。
と言ってしまわれますと、
菜央さんに、そのつもりがなくても、
結果として、部分的にでも、学校においての嫌なこと(犯罪行為)を
肯定してしまっていることになってしまっています。
つまり、適応できる子どもに、いじめや暴力等を肯定してしまっていることになってしまっています。
いじめや暴力等はれっきとした法律違反、犯罪行為であり、倫理・道徳にも反することです。私達は、それら嫌なことを「完全否定すること」こそが大切なのです。また、適応できる子かできない子かは、誰にもわかりません。
そのときは大丈夫に見えても、十年後、二十年後に心の傷が発症することもあります。
仮に、適応できたように見えても、心の傷がトラウマとして消えず
一生苦しみつづけることになることもあります。私も苦しみ続けています。
ならば、苦しみ続けなければいいのかというと、そうでもありません。
はじめはちいさないじめ、体罰・暴力でも最終的に大惨事につながることも多くあるからです。
実際に大惨事が沢山おこっています。
私は、つらい経験をしたことにより、ホームスクーリングを知った経緯がありますが、
私のつらい経験を一切肯定していません。その経験を完全否定しています。
何故なら、「嫌なことも良いことも体験してこその人生」だとして、その経験を肯定すれば、結果として、
教師の体罰・暴力等を肯定することになってしまうからです!
体罰・暴力等を肯定するなど、決してあってはならないことです!
ですから、菜央さんもいじめや体罰・暴力等の嫌なことを完全否定していだだければ幸いです。
「嫌なこと、嫌な経験を肯定することは、いじめや体罰・暴力等を肯定してしまうことである」
ということを是非、認識していただければと思いコメント申し上げました。
ただ、菜央さんがいじめや体罰・暴力・暴言等を肯定する意図がなかったであろうことを、私は信じております。どうぞご安心下さい。
菜央さんのお子様がいじめや教師による体罰・暴力・暴言等による被害に遭われたときは、それら嫌な事を完全否定し、しっかりとお子様の命を守って下さい。
こどもは教師や同級生たちから被害をうけても、なかなか親には話せないことが多いです。
こどもがSOSを発したときは、かなり追い詰められた状況にいる場合が多いのです。
お子様がSOSを発信されたとき、「嫌なことも良いことも体験してこその人生」などというと、
お子様は、信頼を寄せる親にまで見はなされ、裏切られたことで、孤立無援で絶望に陥り、最悪の事態を招きかねません。親にSOSを発信したにもかかわらず、親に守ってもらえず、
殺された方、自殺で亡くなられた方も現実にいらっしゃいます。
加害者はせいぜい数年の刑で済んでしまいます。生徒を体罰・暴力で殴り殺したにもかかわらず、刑務所に入ることを免れた教師もいます。
「嫌なことも良いことも体験してこその人生」ではなく、
「何があろうと、いじめや体罰・暴力等はあってはならない、絶対に許さない」という
強い意思・強い熱意が何よりも大切であると思っています。特に親には。
命懸けで子どもを守れるのは、結局は親しかいないのですから。
親には子どもを守る責務があるのです。子どもを死なせてはなりません。
子どもが死んでからでは遅いのです。
私達は、学校で、教師やいじめた生徒たちにより多くの尊い命が奪われたことを真剣に受け止めなければなりません。どんな小さないじめ・暴力でも見逃してはなりません、
最初はちいさないじめ・体罰・暴力でも、最終的に、取り返しのつかない大惨事が何度も引き起こされてきました。お子様に細心の注意を払ってあげて下さい。どうぞ宜しくお願いいたします。
>日本の学校、集団で学ぶことも貴重な体験だと思います。
についてです。
戦前の国家・軍隊では体罰・暴力がまかりとおってました。
人々を従わせるために暴力が使われていました。戦争反対など、国家に異を唱えるものは刑務所にいれられたり、拷問をうけたりしていました。拷問で殺された国民もいました。
大人も子供も国民すべての人権が踏みにじられていました。
現在の日本の学校は、今なお、軍隊的な集団主義の色合いが濃く、
個々の人権をないがしろにした悪しき集団主義、管理主義的体質の下で、
体罰・暴力・暴言などをともなった人権侵害の教育が行われてしまっています。日本の学校で集団で学ぶことに、
少しのプラス面もありますが、明らかにマイナス面が大きく、マイナスがプラスをはるかに凌駕してしまっていると思います。およそ貴重な体験といえるものではなく、明らかに有害な体験だと思います。
日本の学校は、日本国憲法の精神である人権尊重とは裏腹に、
集団主義、管理主義的体質の下で、個々の人権を踏みにじり、
いじめ体罰・暴力・暴言等の人権侵害の温床となっているのです。
教師たちの中には、それらの人権侵害を仕方のないこと、当たり前のこととして肯定している者たちもとても多いのです。
体罰・暴力を見て見ぬふりをしている教師たちも沢山いることがすでに明らかになっています。
人々は学校で人権をないがしろにされてきた結果、それが当たり前だと思わされてしまっていることに
大きな恐怖を感じます。
>日本の学校、集団で学ぶことも貴重な体験だと思います。
とおっしゃられた菜央さんも、学校教育によってそう思わされてしまった
被害者であると思います。集団主義の下、沢山の日本の子どもたち、生徒達が体罰・暴力、いじめ等の犠牲になってきました。
多くの子どもたちの命も失われました。私達日本国民は、長年の国家による人権を踏みにじる学校教育によって
人権意識を麻痺させられてしまっていると思います。今こそ人権抑圧の集団主義ではなく個人主義が大切なのだと思います。
個人主義というのとは、利己主義ではなく、お互いに個人個人の人権を尊重しあう、人権尊重主義のことです。
それに対して集団主義というのは
人権侵害主義・人権抑圧主義といえるでしょう。教育において、人権尊重主義である個人主義こそが大切なのです。その人権重視の個人主義教育によって、お互いに相手の人権を尊重できる国民性が育まれていくのだと思います。
教師はもちろんですが、一般国民、保護者の中に暴力・暴言肯定者がいることに、非常に大きな危険を感じています。暴力を容認する国民、保護者の態度がいっそう教師の暴力を助長させ、教師を増長させ、学校を人権侵害の温床とさせているのです。
心ない大人たちがよってたかって、子どもたちを苦しめているのが学校教育の現状です。
以前、イギリスの新聞で「日本の学校は捕虜収容所だ。」と報じられました。その通りだと思います。
私の高校時代も、ここはまるで刑務所のようだと感じていました。
こんな刑務所のようなところから、早く卒業することを願っていました。
今思えば、まさに捕虜収容所と言う言葉があてはまっていました。
日本の学校はプラスの要素より、非常にマイナスの要素が大きいと思います。
教師たちによる体罰・暴力・暴言等の人権侵害の横行や、生徒間のいじめの蔓延など、日本の学校は、まさにこの世の地獄といっても過言ではないと思います。
教師に殴り殺された生徒の無念、ご両親、ご家族の無念は
計り知れません。「学校にさえ通わせていなければ」、という
ご両親のお気持ちを考えると言葉が出ません。
私の高校でも飛び降り自殺をはかった生徒がいました。
集団主義、管理主義がはびこっている高校でした。
その生徒が学校にさえ通っていなかったらと思うと無念です。
日本の学校は集団主義のもと、人々の人権を踏みにじっている捕虜収容所といえるところだと思います。
私の学生時代、小さな頃は、元気一杯、目をキラキラ輝かせていた子たちが、
小学校で過ごすうちに、中学、高校とすすむにしたがって徐々に
目に光を失っている様子もちらほら見かけました。今こそ、子どもたちを、人権侵害の温床となっている
日本の学校から解放すべきときなのだと思っています。人権意識が十分でない教師たちによる体罰・暴力・暴言等の力・恐怖による支配や、いじめから、子どもたちを解放しなければならないのだと思います。
日本の学校で多くの子どもたちの命が失われてきました。
教師の体罰・暴力やいじめにより、寝たきり状態にされたり、
一生つづく後遺症・障害を負わされた子たちもいます。
歯を折られた子ども骨折させらた子ども、鼓膜損傷を負わされたこどもたちなど、重傷を負わされた子たちは全国で数えきれません。
2008年においても本当に多くの体罰・暴力事件が各地の学校で起こっています。
体罰・暴力をふるった教師に対する処分は非常に軽く、処分はほとんど抑止力になっていません。
絶望的な状況です。学校教育をとりまく闇は非常に大きいです。
それらの学校教育をとりまく闇は、一保護者がどうこうできるような次元の問題ではないように思います。
問題は、私達の想像をはるかに超えて、大きく根深いと感じております。
これ以上子どもたちを犠牲にしてはいけないと思います。
私達は、子どもたちを守るため、一刻も早く対策を講じなければならないと思います。
日本の学校(捕虜収容所)からの解放のため、子どもたちを守るため、
そのための有力な対策としてホームスクーリング(ホームスクール)などがあるのだと思います。
子どもたちの安全保障・人権保障のために頑張っていきたいです。
子どもたちは、心から安心できる環境でよく育ちます。
暴力・恐怖の温床となっている日本の学校では子どもたちが不登校になるのも当然のことと言えるでしょう。
子どもたちがより元気に、健やかに、心身ともに健康で成長するためには、
どうしても、一家庭一学校を実現する必要があります。
良識ある親のもとで、安心して育っていける環境を整備していくことが
私達大人の責務であると思います。
それぞれの親が、学校かホームスクーリングかを自由に選択できることが
学校で人権を踏みにじられ、体罰や暴力、いじめ等の虐待をうけている
子どもたちの救いになっていくと信じております。
お互いに、いじめや体罰・暴力・暴言、などの犯罪行為から子どもたちを守っていけたらいいですね!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
人権を尊重されて育った子どもは、相手の人権を尊重できる大人になれると思っています。
相手の人権を尊重できる大人が増えていくことによって日本もよりよい国になっていくと確信しています。
最後までお読み下さりありがとうございました。
■
はじめまして。いつも菜央さんのブログ、楽しみに読ませていただいております。
ブログを持たない私です。今回はヨコになってしまうかもしれませんが、出てきてしまいました。
文月さん、私なりの解釈ですが、
菜央さんの言う「嫌なことを体験する」とは、「いじめや暴力、暴言、体罰に耐える体験」ではなく、「自分のしたいことを少し我慢して、ルールに従って集団行動をする」とか、「苦手なこと(例えば給食の嫌いなものとか、プール授業とか)を少しずつ乗り越えること」を言っているのではないのかなぁと思います。
「嫌なこと」の捉え方が違うようですね。
ここで言う「嫌なこと」=「苦手なこと」を乗り越える経験は、この先の人生で、仕事での失敗とか試験での失敗とかの辛い出来事を乗り越えるために必要なことだと私は思っています。
>菜央さんのお子様がいじめや教師による体罰・暴力・暴言等による被害に遭われたときは、それら嫌な事を完全否定し、しっかりとお子様の命を守って下さい。
「いじめや暴力…」と言った嫌なことなんて完全否定するに決まっているじゃないですか。
親なんだから、子どもの命をしっかりと守るに決まっているじゃないですか。
義務教育を選ぶ人、ホームスクーリングを選ぶ人、事情によってそれぞれでいいと思いますが、
>現在の日本の学校は、今なお、軍隊的な集団主義の色合いが濃く、
個々の人権をないがしろにした悪しき集団主義、管理主義的体質の下で、
体罰・暴力・暴言などをともなった人権侵害の教育が行われてしまっています。
こんな一方的な決め付けはいかがなものかと思います。実際に学校をいくつも見て廻られた結果、こんな風に断言されたのですか?ちょっとビックリです。
『みんな違ってみんないい』
お互いのいいところを認め合いませんか?
菜央さん、初めてなのに、でしゃばってすみませんでした…。
ブログを持たない私です。今回はヨコになってしまうかもしれませんが、出てきてしまいました。
文月さん、私なりの解釈ですが、
菜央さんの言う「嫌なことを体験する」とは、「いじめや暴力、暴言、体罰に耐える体験」ではなく、「自分のしたいことを少し我慢して、ルールに従って集団行動をする」とか、「苦手なこと(例えば給食の嫌いなものとか、プール授業とか)を少しずつ乗り越えること」を言っているのではないのかなぁと思います。
「嫌なこと」の捉え方が違うようですね。
ここで言う「嫌なこと」=「苦手なこと」を乗り越える経験は、この先の人生で、仕事での失敗とか試験での失敗とかの辛い出来事を乗り越えるために必要なことだと私は思っています。
>菜央さんのお子様がいじめや教師による体罰・暴力・暴言等による被害に遭われたときは、それら嫌な事を完全否定し、しっかりとお子様の命を守って下さい。
「いじめや暴力…」と言った嫌なことなんて完全否定するに決まっているじゃないですか。
親なんだから、子どもの命をしっかりと守るに決まっているじゃないですか。
義務教育を選ぶ人、ホームスクーリングを選ぶ人、事情によってそれぞれでいいと思いますが、
>現在の日本の学校は、今なお、軍隊的な集団主義の色合いが濃く、
個々の人権をないがしろにした悪しき集団主義、管理主義的体質の下で、
体罰・暴力・暴言などをともなった人権侵害の教育が行われてしまっています。
こんな一方的な決め付けはいかがなものかと思います。実際に学校をいくつも見て廻られた結果、こんな風に断言されたのですか?ちょっとビックリです。
『みんな違ってみんないい』
お互いのいいところを認め合いませんか?
菜央さん、初めてなのに、でしゃばってすみませんでした…。
【2008/07/08 23:13】URL | みかん #rE81hZuo[ 編集]
■ みかんさんへ
はじめまして^^
コメント嬉しいです。
いつも私のブログ、楽しみに読んでくださっているのですね。
更新続けてきて良かったです。
みかんさんがいつも私のブログを読んでくださっているのが良くわかるコメントですね。
私の言葉が足りないところまで補っていただきありがとうございます。
中々難しいテーマで色んなご意見があるかもと思っていたので文月さんのようなご意見もOKだと思います。
もちろん、文月さんの思いもみかんさんの思いも尊重していきたいと思っています。
このブログは自分の思いをいつも書いているので違った思いの方もいるのは百も承知ですし批判されることもあるだろうと思ってブログは運営しております。
もちろんみかんさんのように共感して読んでいただいている方がいることが何よりも励みです。
みかんさんのおっしゃるとおり
『みんな違ってみんないい』
お互いのいいところを認め合えたら素敵な社会になることでしょうね。
コメント嬉しいです。
いつも私のブログ、楽しみに読んでくださっているのですね。
更新続けてきて良かったです。
みかんさんがいつも私のブログを読んでくださっているのが良くわかるコメントですね。
私の言葉が足りないところまで補っていただきありがとうございます。
中々難しいテーマで色んなご意見があるかもと思っていたので文月さんのようなご意見もOKだと思います。
もちろん、文月さんの思いもみかんさんの思いも尊重していきたいと思っています。
このブログは自分の思いをいつも書いているので違った思いの方もいるのは百も承知ですし批判されることもあるだろうと思ってブログは運営しております。
もちろんみかんさんのように共感して読んでいただいている方がいることが何よりも励みです。
みかんさんのおっしゃるとおり
『みんな違ってみんないい』
お互いのいいところを認め合えたら素敵な社会になることでしょうね。
■
菜央さんへ
私の記事に対して、みかんさんの誤解などを招いてしまったようで申し訳ありませんでした。
わたしの文章表現のいたらなさを恥じております。
私の書き込みにたいして、
みかんさんに誤解されてしまったことにはかなりショックを受けました。
これからも誠意をもって菜央さんに真剣に正対していけたらと思っております。
お互いに、いつも本音、本心で向き合っていけたらと思っています。
うそや偽りの言葉で菜央さんに接しても、菜央さんと私との間で、
本当の信頼関係は築いていくことはできないと思っているからです。
本当の信頼関係を築いていきたいのです。
そのためには、いつも同じ意見ではなく、ときには意見の違いもあるとは思いますが、どんなときでもお互いに信頼関係を築いていきたいという私の思いは決して変わることはないのです。
そのことを心にとめていただければ光栄です。私は、うそいつわりのない本音、本心を申し上げました。
菜央さんも本音、本心をぶつけていって下さればとてもうれしいです。
良い関係を築いていきたいです。だからこその本音、本心で接していきたいのです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
みかんさんへ
>こんな一方的な決め付けはいかがなものかと思います。
決して一方的な決め付けではないのです。みかんさん、どうかわかってください。
正直、何故みかんさんに、こんなひどいことを言われなければならないのかとみかんさんの私への記事を読んで、あまりのショックにくやし涙があふれました。
私は、教師による体罰・暴力を根絶するため、長年にわたって体罰・暴力事件を調査してきました。
それこそ、学校における体罰暴力の根絶を私の人生目標として生きてきました。
日本のすべての学校において体罰・暴力を根絶できるなら私の命さえも惜しくないと本気で思っているくらいです。長年、苦し涙を流しながら歯を食いしばって生きてきました。
実際に学校を見て廻ってはいませんが、数多くの事件調査を通じて、各地の学校において本当に沢山の暴力事件が起こっていたのです。
それは確実なことなのです。
みかんさんにも、ぜひ、惨憺たる現状を知って頂きたいです。
2008年現在も多くの学校で暴力が横行しているのです。
みかんさん、どうか私のことを信じて下さい。本当のことなのです。
事件の数々を紹介いたします。こちらにいくつか事件がのっています。
http://www7.atwiki.jp/kyouiku_hiroba/pages/491.html
事件例
大阪府八尾市立曙川南中学校(2008.6.5)
大阪府八尾市立 曙川南 (あけがわみなみ)中学校で2年生学年主任を務めている男性教諭(48)=国語科=は2008年6月5日の放課後、「服装が乱れている」と言いがかりを付けて
男子生徒を職員室に呼び出し、無抵抗の生徒に対して一方的に顔を平手打ちするなどの暴行を加えた。
その際、生徒が暴行に抗議した。しかし教諭は暴行を謝罪するどころか、逆上して生徒につかみかかるなどしたため、
もみ合いになった。もみ合いの際に生徒は、教諭の暴行をよけようとして、教諭の襟首をつかんだ形になった。
教諭は襟首をつかまれたことを自分の都合の良いようにゆがめ、
実際はこの教諭が一方的に暴行を加えているにもかかわらず自分の行為を棚に上げ、あたかも「自分が生徒から一方的に暴力をふるわれた」かのように事実を逆に描き、
「こんなことをしていいと思っているのか。えらい目にあわせたる」などと叫びながら、生徒の首を絞めるなどの暴行を執拗に加えた。
生徒は終始無抵抗だったという。また他の複数の教諭も事件の一部始終を目撃していたが、誰も暴行を止めなかった。
その日の夜、帰宅した生徒の首筋にあざができていることに保護者が気付き、翌日に学校に連絡して事態が発覚した。
>『みんな違ってみんないい』
お互いのいいところを認め合いませんか?
とのことですが、私もそれについてはもとより大賛成で、「それぞれの親が学校かホームスクーリングかを自由に選択できること」が必要だということは私も記事ですでに述べております。
これについても、私の意見をみかんさんが誤解されたようです。
『みんな違ってみんないい』というのは当たり前のことですから。
同じ考えなのです。
みかんさんに私を信じてもらえず、誤解されて、大変ショックです。
いくら誠意をもって接しても誤解されることがあるのだとわかりました。
上記コメントは、
菜央さんに、学校の現状・事実を把握して頂きたいし、
私の考えを知ってもらいたいと思って書かせて頂きました。
みかんさん、どうか私を信じて下さい。
私の記事に対して、みかんさんの誤解などを招いてしまったようで申し訳ありませんでした。
わたしの文章表現のいたらなさを恥じております。
私の書き込みにたいして、
みかんさんに誤解されてしまったことにはかなりショックを受けました。
これからも誠意をもって菜央さんに真剣に正対していけたらと思っております。
お互いに、いつも本音、本心で向き合っていけたらと思っています。
うそや偽りの言葉で菜央さんに接しても、菜央さんと私との間で、
本当の信頼関係は築いていくことはできないと思っているからです。
本当の信頼関係を築いていきたいのです。
そのためには、いつも同じ意見ではなく、ときには意見の違いもあるとは思いますが、どんなときでもお互いに信頼関係を築いていきたいという私の思いは決して変わることはないのです。
そのことを心にとめていただければ光栄です。私は、うそいつわりのない本音、本心を申し上げました。
菜央さんも本音、本心をぶつけていって下さればとてもうれしいです。
良い関係を築いていきたいです。だからこその本音、本心で接していきたいのです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
みかんさんへ
>こんな一方的な決め付けはいかがなものかと思います。
決して一方的な決め付けではないのです。みかんさん、どうかわかってください。
正直、何故みかんさんに、こんなひどいことを言われなければならないのかとみかんさんの私への記事を読んで、あまりのショックにくやし涙があふれました。
私は、教師による体罰・暴力を根絶するため、長年にわたって体罰・暴力事件を調査してきました。
それこそ、学校における体罰暴力の根絶を私の人生目標として生きてきました。
日本のすべての学校において体罰・暴力を根絶できるなら私の命さえも惜しくないと本気で思っているくらいです。長年、苦し涙を流しながら歯を食いしばって生きてきました。
実際に学校を見て廻ってはいませんが、数多くの事件調査を通じて、各地の学校において本当に沢山の暴力事件が起こっていたのです。
それは確実なことなのです。
みかんさんにも、ぜひ、惨憺たる現状を知って頂きたいです。
2008年現在も多くの学校で暴力が横行しているのです。
みかんさん、どうか私のことを信じて下さい。本当のことなのです。
事件の数々を紹介いたします。こちらにいくつか事件がのっています。
http://www7.atwiki.jp/kyouiku_hiroba/pages/491.html
事件例
大阪府八尾市立曙川南中学校(2008.6.5)
大阪府八尾市立 曙川南 (あけがわみなみ)中学校で2年生学年主任を務めている男性教諭(48)=国語科=は2008年6月5日の放課後、「服装が乱れている」と言いがかりを付けて
男子生徒を職員室に呼び出し、無抵抗の生徒に対して一方的に顔を平手打ちするなどの暴行を加えた。
その際、生徒が暴行に抗議した。しかし教諭は暴行を謝罪するどころか、逆上して生徒につかみかかるなどしたため、
もみ合いになった。もみ合いの際に生徒は、教諭の暴行をよけようとして、教諭の襟首をつかんだ形になった。
教諭は襟首をつかまれたことを自分の都合の良いようにゆがめ、
実際はこの教諭が一方的に暴行を加えているにもかかわらず自分の行為を棚に上げ、あたかも「自分が生徒から一方的に暴力をふるわれた」かのように事実を逆に描き、
「こんなことをしていいと思っているのか。えらい目にあわせたる」などと叫びながら、生徒の首を絞めるなどの暴行を執拗に加えた。
生徒は終始無抵抗だったという。また他の複数の教諭も事件の一部始終を目撃していたが、誰も暴行を止めなかった。
その日の夜、帰宅した生徒の首筋にあざができていることに保護者が気付き、翌日に学校に連絡して事態が発覚した。
>『みんな違ってみんないい』
お互いのいいところを認め合いませんか?
とのことですが、私もそれについてはもとより大賛成で、「それぞれの親が学校かホームスクーリングかを自由に選択できること」が必要だということは私も記事ですでに述べております。
これについても、私の意見をみかんさんが誤解されたようです。
『みんな違ってみんないい』というのは当たり前のことですから。
同じ考えなのです。
みかんさんに私を信じてもらえず、誤解されて、大変ショックです。
いくら誠意をもって接しても誤解されることがあるのだとわかりました。
上記コメントは、
菜央さんに、学校の現状・事実を把握して頂きたいし、
私の考えを知ってもらいたいと思って書かせて頂きました。
みかんさん、どうか私を信じて下さい。
■ 文月さんへ
文月さんはみかんさんの文月さんへの記事を読んで、あまりのショックにくやし涙があふれたのですね。 それは文月さんにとって悔しいことだったのでしょうね。
みかんさんは文月さんの人格を否定しようと思って書いたわけでは無いので理解していただきたいと
思います。
みかんさんは思いを率直に述べただけですので余裕がありましたら受け止めて欲しいと思います。
文章で表現することはとても難しいですよね。
私ももう4年以上ブログを運営しておりますが上手く書けているかはわかりません。
ただ、相手にわかってもらおうと思って伝えることって難しいですよね。
相当な技術が必要です。
でも必ずしも技術があっても100%同じ思いは伝わる事はありません。
だって、みんなそれぞれの人格や個性が存在しているのですから。
私のブログは思いを綴っているだけですので1000人中の一人でもあーわかるなーと思っていただければ上出来だと思っています。
もちろん、みかんさんも私も暴力やいじめ、体罰と言う行為は反対ですよ。
文月さんが例に挙げた中学の事件
文月さんは教師の暴力に焦点を当てておられますが私の視点は違います。
もちろん、家の子がそんな事になったら断然子どもを守るために抗議します。
でもそのまえにどうして子どもが暴力を受ける事態になったのか何かサインは無かったのか?
自分自身の子どもとの接し方を振り返ると思います。
それを踏まえて、先生はどうしてそこまで生徒に過剰に反応してしまったのだろう?
先生はどうして自分の非を認めないんだろう。
生徒さんも服装の乱れはどれくらいなのかわりませんがどうして乱れなければいけなかったのかな?
そして、先生の親御さんはどんな思いでいるのだろう。
もし自分がそんな立場だったらどんな気持ちになるのだろう。
そんな風に私ならこのニュースを感じると思います。
同じニュースだとしても
私と文月さんとでは、視点が違うのですね。
もちろん他の人はまた違う視点があると思います。
それは生まれ育った経緯、経験、出会った人によってみんな感じ方が違うからです。
私はいじめとかはありましたが、先生には比較的恵まれました。
なので、文月さんのような夢にうなされるほどの経験がありません。
お辛いだろうなと思うことは出来ますが文月さんを100%理解することは出来ないと思います。
感じ方や環境が違う人を理解するのは本当に難しいです。
たぶん、理解できないかもしれません。
でも、理解しようと歩み寄る気持ちは持てると思います。
私やみかんさんは親の視点からの思いなのですねきっと。
子どもを育てながら社会に関わると白と黒で判断できない色んな不条理が待っています。
白黒つけて抗議するのは簡単です。
でも、子どもを育てるって白黒では解決できないことが多いのです。
文月さんはまだお若いと推測されます。
こんなおばちゃんの思いを理解するのは簡単なことでは無いと思います。
もし理解してみたいと思いましたら、まず文月さんのご両親がどんな
思いで文月さんを育ててこられたのか聞いてみるかもしくは想像してみてください。
そして、自分自身はどんな時に悲しくなるのか?感情的になるのか?嬉しいのか?
そんな自分自身を知ることで相手を理解する入口が広がるような気がします。
自分の事を理解されたければまず相手を理解しようと思うことが大事なのかなと思います。
すいません、哲学チックなのですが子育てを通して感じるようになった思いです。
もし、今わからなくても良いです。
文月さんがこれからまた色んな出会いや経験を通じてあの時のブログのおばちゃん
もしかしてこんなこと言いたかったのかな?と思いだしてもらえればそれで良いです。
私の感じた文月さんの心について私なりに理解しようと思って書きました。
文月さんがこのブログにコメントを残したこともみかんさんがコメントしたことも偶然では無く必然の出来事なのかもしれませんね。
私も皆さんと言う存在を知る事が出来て感謝です。
みかんさんは文月さんの人格を否定しようと思って書いたわけでは無いので理解していただきたいと
思います。
みかんさんは思いを率直に述べただけですので余裕がありましたら受け止めて欲しいと思います。
文章で表現することはとても難しいですよね。
私ももう4年以上ブログを運営しておりますが上手く書けているかはわかりません。
ただ、相手にわかってもらおうと思って伝えることって難しいですよね。
相当な技術が必要です。
でも必ずしも技術があっても100%同じ思いは伝わる事はありません。
だって、みんなそれぞれの人格や個性が存在しているのですから。
私のブログは思いを綴っているだけですので1000人中の一人でもあーわかるなーと思っていただければ上出来だと思っています。
もちろん、みかんさんも私も暴力やいじめ、体罰と言う行為は反対ですよ。
文月さんが例に挙げた中学の事件
文月さんは教師の暴力に焦点を当てておられますが私の視点は違います。
もちろん、家の子がそんな事になったら断然子どもを守るために抗議します。
でもそのまえにどうして子どもが暴力を受ける事態になったのか何かサインは無かったのか?
自分自身の子どもとの接し方を振り返ると思います。
それを踏まえて、先生はどうしてそこまで生徒に過剰に反応してしまったのだろう?
先生はどうして自分の非を認めないんだろう。
生徒さんも服装の乱れはどれくらいなのかわりませんがどうして乱れなければいけなかったのかな?
そして、先生の親御さんはどんな思いでいるのだろう。
もし自分がそんな立場だったらどんな気持ちになるのだろう。
そんな風に私ならこのニュースを感じると思います。
同じニュースだとしても
私と文月さんとでは、視点が違うのですね。
もちろん他の人はまた違う視点があると思います。
それは生まれ育った経緯、経験、出会った人によってみんな感じ方が違うからです。
私はいじめとかはありましたが、先生には比較的恵まれました。
なので、文月さんのような夢にうなされるほどの経験がありません。
お辛いだろうなと思うことは出来ますが文月さんを100%理解することは出来ないと思います。
感じ方や環境が違う人を理解するのは本当に難しいです。
たぶん、理解できないかもしれません。
でも、理解しようと歩み寄る気持ちは持てると思います。
私やみかんさんは親の視点からの思いなのですねきっと。
子どもを育てながら社会に関わると白と黒で判断できない色んな不条理が待っています。
白黒つけて抗議するのは簡単です。
でも、子どもを育てるって白黒では解決できないことが多いのです。
文月さんはまだお若いと推測されます。
こんなおばちゃんの思いを理解するのは簡単なことでは無いと思います。
もし理解してみたいと思いましたら、まず文月さんのご両親がどんな
思いで文月さんを育ててこられたのか聞いてみるかもしくは想像してみてください。
そして、自分自身はどんな時に悲しくなるのか?感情的になるのか?嬉しいのか?
そんな自分自身を知ることで相手を理解する入口が広がるような気がします。
自分の事を理解されたければまず相手を理解しようと思うことが大事なのかなと思います。
すいません、哲学チックなのですが子育てを通して感じるようになった思いです。
もし、今わからなくても良いです。
文月さんがこれからまた色んな出会いや経験を通じてあの時のブログのおばちゃん
もしかしてこんなこと言いたかったのかな?と思いだしてもらえればそれで良いです。
私の感じた文月さんの心について私なりに理解しようと思って書きました。
文月さんがこのブログにコメントを残したこともみかんさんがコメントしたことも偶然では無く必然の出来事なのかもしれませんね。
私も皆さんと言う存在を知る事が出来て感謝です。
■
ていねいなご回答ありがとうございます。
みかんさんが思いを率直に述べただけということは理解できます。
それにしても、みかんさんのご発言はあまりにも
私に対して配慮に欠けるものであったと思います。
あまりにもひどい言い草でした。みかんさんの相手に対する想像力の欠如と言わざるを得ません。
みかんさんは、体罰・暴力の根絶ために
真剣に取り組んでいる人の気持ちなど考えられなかったのでしょう。
もし私がみかんさんの立場で、みかんさんが私の立場なら、
私はみかんさんのご意見に賛同し、暴力体罰の根絶のために一緒に頑張りましょうとみかんさんと意気投合できたと思います。
私が体罰・暴力の根絶に命懸けで取り組む覚悟があるからです。
みかんさんにはその覚悟はないように見受けられました。
わたしはつらい経験をしたので、体罰・暴力の根絶に
真剣に取り組まれている方々の気持ちを理解できますが、
みかんさんには理解できないのでしょう。
みかんさんの言葉はとても体罰・暴力を反対されている方のご意見とは思われないものでした。
真剣に反対されている方のご意見とは思われませんでした。
真剣に反対されているのであれば、
私の意見を肯定し、 体罰・暴力の根絶のために一緒に力をあわせて頑張っていきましょう!
という趣旨のご意見になっていたはずです。私はみかんさんにそういう発言をしてほしかったのです。
みかんさんには期待を裏切られました。私は、みかんさんは体罰暴力に真剣に反対されていないと思います。
みかんさんの態度がそれを物語っています。みかんさんは、わたしを信じて下さらないのでしょうか。
いまだに私に対する謝罪がありません。悲しいです。
みかんさんには、私に対して一日も早く謝罪してほしいです。
謝罪されれば許す意思は十分に持ち合わせています。わたしはみかんさんを許したいのですが、
謝罪されないので、許したくてもどうしても許すことができません。
謝罪されないので、不信感を払拭できないのです。
みかんさんの謝罪を待っています。
みかんさん、ごらんになっていらっしゃるなら、早く謝罪して下さい。
よろしくお願いいたします。
みかんさん、Psycheさんのブログで、悪を見逃されていますね?
みかんさんのその姿勢は、大いに問題だと思います。
こちらです。
http://psyche777.blog116.fc2.com/blog-entry-106.html#comment294
悪を見逃すのではなく、徹底糾弾して、正義を実現する姿勢が何より大切なのです。
みかんさんにも正義のためにがんばってほしいです。
円満に解決するここと、見逃すことは違うことなのです。
ぜひ、それを知って下さい。
菜央さんには感謝しています。
私を理解しようとなさって下さったことにとても感謝しています。
ありがとうございました。
みかんさんが思いを率直に述べただけということは理解できます。
それにしても、みかんさんのご発言はあまりにも
私に対して配慮に欠けるものであったと思います。
あまりにもひどい言い草でした。みかんさんの相手に対する想像力の欠如と言わざるを得ません。
みかんさんは、体罰・暴力の根絶ために
真剣に取り組んでいる人の気持ちなど考えられなかったのでしょう。
もし私がみかんさんの立場で、みかんさんが私の立場なら、
私はみかんさんのご意見に賛同し、暴力体罰の根絶のために一緒に頑張りましょうとみかんさんと意気投合できたと思います。
私が体罰・暴力の根絶に命懸けで取り組む覚悟があるからです。
みかんさんにはその覚悟はないように見受けられました。
わたしはつらい経験をしたので、体罰・暴力の根絶に
真剣に取り組まれている方々の気持ちを理解できますが、
みかんさんには理解できないのでしょう。
みかんさんの言葉はとても体罰・暴力を反対されている方のご意見とは思われないものでした。
真剣に反対されている方のご意見とは思われませんでした。
真剣に反対されているのであれば、
私の意見を肯定し、 体罰・暴力の根絶のために一緒に力をあわせて頑張っていきましょう!
という趣旨のご意見になっていたはずです。私はみかんさんにそういう発言をしてほしかったのです。
みかんさんには期待を裏切られました。私は、みかんさんは体罰暴力に真剣に反対されていないと思います。
みかんさんの態度がそれを物語っています。みかんさんは、わたしを信じて下さらないのでしょうか。
いまだに私に対する謝罪がありません。悲しいです。
みかんさんには、私に対して一日も早く謝罪してほしいです。
謝罪されれば許す意思は十分に持ち合わせています。わたしはみかんさんを許したいのですが、
謝罪されないので、許したくてもどうしても許すことができません。
謝罪されないので、不信感を払拭できないのです。
みかんさんの謝罪を待っています。
みかんさん、ごらんになっていらっしゃるなら、早く謝罪して下さい。
よろしくお願いいたします。
みかんさん、Psycheさんのブログで、悪を見逃されていますね?
みかんさんのその姿勢は、大いに問題だと思います。
こちらです。
http://psyche777.blog116.fc2.com/blog-entry-106.html#comment294
悪を見逃すのではなく、徹底糾弾して、正義を実現する姿勢が何より大切なのです。
みかんさんにも正義のためにがんばってほしいです。
円満に解決するここと、見逃すことは違うことなのです。
ぜひ、それを知って下さい。
菜央さんには感謝しています。
私を理解しようとなさって下さったことにとても感謝しています。
ありがとうございました。
■ 文月さんへ
なかなか仕事が忙しくて、ネットから離れた生活をしていましたのでこちらにもお邪魔できずにいました。
私の発言した言葉によって、文月さんに大変なショックを与えてしまったようですね…本当にごめんなさいね。
言葉って難しいですね。
文月さんがお辛い経験をされてきたこと、日本の子供たちの将来のために、命さえも惜しくない活動を続けられてきたこと、いろいろな背景があったのですね。
文月さんの思いが、みんなに伝わってステキな日本になるといいですね。
応援しています。
私の発言した言葉によって、文月さんに大変なショックを与えてしまったようですね…本当にごめんなさいね。
言葉って難しいですね。
文月さんがお辛い経験をされてきたこと、日本の子供たちの将来のために、命さえも惜しくない活動を続けられてきたこと、いろいろな背景があったのですね。
文月さんの思いが、みんなに伝わってステキな日本になるといいですね。
応援しています。
【2008/07/12 00:11】URL | みかん #-[ 編集]
■
文月さんへ。
文月さんのコメント、今読みました。それで大変申し訳ないのですが、
『Psycheさんのブログ』というのを私、知らないんですが…。
今、リンクされたブログを読み、確かにそちらにも「みかん」さんという人がコメントしていらっしゃいますが、それは私ではありません。
そのコメントされた時間は、私は出勤しておりましたので、コメントするのは不可能です。
誰だか分からない人と一緒にされて、私は悲しいです…
菜央さんへ。
この度はいろいろとご迷惑をお掛けしました。ヨコ伸ばしになっちゃってごめんなさいね…
文月さんのコメント、今読みました。それで大変申し訳ないのですが、
『Psycheさんのブログ』というのを私、知らないんですが…。
今、リンクされたブログを読み、確かにそちらにも「みかん」さんという人がコメントしていらっしゃいますが、それは私ではありません。
そのコメントされた時間は、私は出勤しておりましたので、コメントするのは不可能です。
誰だか分からない人と一緒にされて、私は悲しいです…
菜央さんへ。
この度はいろいろとご迷惑をお掛けしました。ヨコ伸ばしになっちゃってごめんなさいね…
【2008/07/12 00:38】URL | みかん #-[ 編集]
■
みかんさんへ
謝罪していただき、ありがとうございました。
これでようやく不信感を払拭できました。
わたしは、あれからずっと許したいと思ってきました。
これで、心おきなく、みかんさんを許すことができます。
どうもありがとうございました。
ここに、みかんさんを許したことをお伝えいたします。
私もみかんさんに謝罪いたします。
みかんさん、人違いで間違ってしまって本当にごめんなさい。
以前に、みかんさんのコメントを受けて、
みかんさんへの不信感にとらわれてしまっていたときであり、
みかんさんが、そのブログにもこられたものとばかり思ってしまっていました。
私のこと許して下さい。
みかんさんと仲良くやっていきたいです。
菜央さんへ
これで、ようやく
みかんさんのことを許すことができ、
そして、みかんさんを信じることができました。
おさわがせしてしまってすみませんでした。
みんなで仲良くしていきたいです。
謝罪していただき、ありがとうございました。
これでようやく不信感を払拭できました。
わたしは、あれからずっと許したいと思ってきました。
これで、心おきなく、みかんさんを許すことができます。
どうもありがとうございました。
ここに、みかんさんを許したことをお伝えいたします。
私もみかんさんに謝罪いたします。
みかんさん、人違いで間違ってしまって本当にごめんなさい。
以前に、みかんさんのコメントを受けて、
みかんさんへの不信感にとらわれてしまっていたときであり、
みかんさんが、そのブログにもこられたものとばかり思ってしまっていました。
私のこと許して下さい。
みかんさんと仲良くやっていきたいです。
菜央さんへ
これで、ようやく
みかんさんのことを許すことができ、
そして、みかんさんを信じることができました。
おさわがせしてしまってすみませんでした。
みんなで仲良くしていきたいです。
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